平成21年5月4日、みどりの日。東京旅行【4】。

 バスを降りて、さっそく八重洲地下街の公共地下道入り口へ。


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 八重洲の地名は、オランダ共和国(実際には総督を現在の王家であるオラニエ=ナッサウ家が世襲する王国みたいなものですが、当時は貴族・有力者の中から元首が選ばれる政治体制も、立派な共和制でした)のリーフデ号の乗組員、ヤン・ヨーステンに由来するとか。

 その事は、何度か歴史もので読んだ事はあります。

 今回、この記事を書くので誤りがないか、図書館の本とウィキペディアで調べてみると、ヤン=ヨーステンは名前で、姓はファン・ローデンスタインだそうです。(Jan Joosten van Lodensteyn)

 ちなみに、日本名が耶楊子(やようす)で、これが八重洲の語源とか。ウィリアム・アダムス(三浦按針)が英国人なのに対して、彼はオランダ人でした。

 今は東京駅の西側、皇居に面する方を丸の内とし、東側を八重洲としているそうです。
 が、本来の八重洲は内堀沿いで、明治17年(1884)に、江戸時代に外堀に掛けられていた鍛冶屋橋と呉服橋の中間に、外堀から内堀の八重洲に渡る八重洲橋か掛けられたそうです。
 更に後、大正3年(1914)に外堀を埋めて東京駅が開設され、駅の東口として八重洲口が八重洲前に開かれた事で、八重洲前≒八重洲の認識が生まれたらしいです。

 確かに、現在の位置は江戸時代の絵図で見ても武家屋敷の類は見受けられず、
「八重洲河岸、柳生但馬守の邸」
等と時代小説に出てくる一説に
「……?」
と思ったりもしましたが、なるほど。

 ……等と思っている間にも、地下を移動。


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 東京駅は改装工事中でした。
 ニュースで事前に観ましたが、先の大戦で被害を受けた区画を復興し、他にも地下を増設したり免震構造を採用したりするので、外も中も工事中でした。


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 こんなに工事中なのに、普通に運営されているのも驚きでしたが。


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 感心している間にも、徒歩での移動は13分ほどで終了し、外へ出ます。

 続きは、後に。

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